【第121話】デジタルラジオのかたち・私論 (その41)

 ラジオが新たな時代の新たな社会的役割を果たす分野として、前回GNHならぬGCH(Gross Country Happiness)やソーシャル・キャピタル社会関係資本)にも注目してはどうか、ということに触れた。ではソーシャル・キャピタルとはどんな分野なのかを、も少し詳しく触れてみよう。


人間関係が資本というソーシャル・キャピタルとは!

 ラジオは送り手と受け手の関係が、他のメディアと比べて非常に濃密な関係にある。この濃密さが薄化しているいま、ラジオが社会の人間関係を取り戻す大きな役割を果たす1つの存在ではあるが、一方リスナーとパーソナリティとの濃密感は、ともすると排他的になり易い環境をも創る。これをラジオの「精神的依存症」と捉える人もいる。ラジオはその両面を持っているといっていい。これからのラジオの役割を考える場合、前者の特性をいかに効果的に作用させるか大きな課題となる。それにはネットによるソーシャルメディアやリアルな交流(イベント活動など)への参加を促す、送り手としてのラジオ側の姿勢と活動が重要になってくる。これは、ソーシャル・キャピタル社会関係資本)活動の分野への関わりを強めていくという、ラジオのこれからの重要な視点になるかもしれないと思う。

 そのソーシャル・キャピタル(SC)であるが、社会学政治学、経済学など多くの学問分野で注目されているこの分野をもう少し調べてみよう。現在内閣府や厚生省あるいは地方自治体の政策に多く取り上げられるようになっているが、経済効率一辺倒の時代から生み出された副作用(格差社会や人間関係の希薄化など)を回復させる手段として、地域活性化の在り方として、あるいは、これからの新たな成熟社会において国民の生きがいや幸福を得る方法として注目されているのである。ではSCとはどんな分野なのだろか。

 内閣府では平成14年度SCの調査を行っている。「ソーシャル・キャピタル:豊かな人間関係と市民活動の好環境を求めて」〈委託先:(株)日本総合研究所〉である。この報告書に「ソーシャル・キャピタル(SC):とは、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴であり、共通目的に向かって協調行動を導くものとされる。いわば、信頼に裏打ちされた社会的繋がりあるいは豊かな人間関係と捉えることができよう。」と記している。SCはアメリカの政治学者ロバート・パットナムが著書「Bowling Alone(一人で行うボーリング)」で定義している内容であるが、内閣府の当調査の結果として報告書では「SCと市民活動とは相互に影響しあい、高めあう関係にあること、またNPOがいわばコミュニケーションの場となり、SCの培養の苗床となる可能性を秘めていることが示されたという。例えば、市民活動を行っている人は他人を信頼し、またつきあい・交流も活発な人が相対的に多い。一方他人を信頼する人やつきあい・交流の活発な人は市民活動を行っている人が相対的に多い。」と指摘している。

 SCは世界の先進国の間で急速に注目されている。その背景には、各国とも高度経済成長によって疲弊した生活環境、人と人との繋がりという人間らしい絆が失われた環境があるからだ。農水省農村振興局の報告書「ソーシャル・キャピタルをめぐる内外の動き」(2006年)では、〈a〉20世紀における社会民主主義福祉国家施策(大きな政府)ならびに市場主義・ネオリベラリズムの隆盛(小さな政府)などの失望から、政治的経済的制度の活力は市民社会のエネルギーにありそのベースがSCにあると考えられたこと、〈b〉人々が、コミュニティの意味や社会的存在として人間の相互連帯を理解する拠り所である「心の習慣」を失っているのではないか、との懸念、〈c〉高度な計量モデルによる経済学全盛に対して、血の通った価値規範の導入をすることによって対抗しようとした社会学者や政治学者の動向、と記述している。

 世界的にみても経済成長を遂げた国々では、社会が豊かになったものの、そこに費やされた精神的負担は大きく、社会生活を送る人々の心に、大きな空白をもたらしていることがわかる。日本でもこの10年、各行政機関や地方自治体で盛んにSCが研究され、さまざまな施策が行われている。そのなかで注目したいのは、総務省:平成22年版「情報通信白書」である。「ICTによる地域の絆の再生」(第2節)では、「ソーシャルメディアの利用実態に関する調査研究(平成22年)」では、地域のつながりがソーシャルメディアによって、これまで希薄だった人間関係やつながりを促進させている実態を分析している。詳しくは触れられないが、「ソーシャルメディアによる地縁・血縁・職縁などの絆への影響」の分野では、ブログにおいて「家族・親戚の絆」は若年層12.8%、高齢層22.3%、「友人・知人の絆」は若年層33.7%、高齢層38.4%と高く現れている。SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)ではどうか。「家族・親戚の絆」では若年層10.3%、高齢層29.3%、「友人・知人の絆」では若年層41.1%、高齢層31.0%といずれも高い数値を示している。このネットにおける絆の調査ではブログ、SNSのほか共有サイト動画、情報共有サイト、マイクロブログ掲示板といた分野も調査しており、インターネットを活用した「絆」の効果実態を浮き彫りにしている。

 では、ソーシャル・キャピタル(SC)というのは何に役立つのか。この点について「ソーシャル・キャピタル入門〜孤立から絆へ」稲葉陽二著(中公新書2011年)が分かりやく紹介しているのでピックアップしておこう。〈A〉経済活動への影響=良好なSCは、経済活動に良い影響を与える。企業内、企業関係におけるSCの基本である信頼、規範、ネットワークが、生産性を高めたり、サービス性の向上に大きく貢献することを、研究者の調査で示されているという。〈B〉地域社会の安定=SCは地域社会の安定にも大きな影響を持つ。東京都杉並区の地域コミュニティでは、子供を脅かす不審者多発に対して、PTAの見回りに町会も加わり実施した結果不審者は見かけなくなったこと、その後地域交流も進み、防犯を契機に地域交流の好循環が生まれているという。地域にけれるSCは地域安定、生活環境安定に大きな影響力持つといえる。〈C〉健康への影響=SCが影響を与える重要な分野のひとつが健康である。著者が関わった長野県須坂市のSCの調査を例に、3つの仮説・・・・・
 (1) コミュニティが結束すれば社会的支援が容易になること、
 (2) コミュニティ結束していれば、健康上の規範が強化されること、
 (3) コミュニティが結束すれば、質の高い医療サービスを確保しやすいこと、
などを上げ、具体例を示している。そして〈D〉教育水準への影響=教育とSCはお互いに影響し合う。家族間の信頼とネットワークは学業成績、退学抑制、大学進学率などに影響を与えること、また教師間での信頼関係が間接的に学業成績に影響する一方、保護者と教師の信頼関係、親の学校参加子供の向学心を高めるという。学校崩壊、家庭崩壊という言葉が一時報道を賑わせたが、教育にとっていかにマイナスであったか思い知らされる。ソーシャル・キャピタル(SC)はこれからの社会づくりにとって、家庭から地域社会強いては地方自治体、国家レベルでの政治まで影響を与える存在なのである。(了)