ラジオの新たなかたち・私論 〔第31話〕

このブログ全体は「民放ラジオの行方」にスポットを当てて書い
います。この項は、民放ラジオ90年代〜セロ年代を振り返るため、
“失われた20年”という社会潮流についてスポットを当てます。


■“閉塞感”を生み出した社会システムの大きな変化とは・・・

 “閉塞感”の現象を探ってみると社会の構造的変化であることがわかる。生活者の身近な事柄では、生活困難者救済の制度受け生活保護世帯数が大きく変化している。その現象は90年半ばから増加に転じ、10年間で倍の数字に上昇する。また非正規雇用者数の増加も著しいことは前回触れたとおりである。やはり生活に必要な所得と保障が得られないところに生活の不安定さが生まれ、格差拡大に繋がっていく。ゼロ年以降はさらに増加していく。

 上記のような生活環境から、一億総中流といわれた意識が薄れ、格差社会が登場してくるのは80年代後半から90年代だ。中流意識の崩壊と格差社会の登場はコインの裏表であると同時に、上述した「努力しても仕方がない社会」「努力する気になれない社会」という人々の意識こそ“閉塞感”を生み出す元凶だったことがわかる。萎えてしまうような気持ち、掴みどころのない空気、「生きづらさ」が徐々に広がり、90年代から20年間にわたる社会的空気=閉塞感が蔓延し続ける社会現象となっていく。

 もともとバブル経済が崩壊したことにより社会全体が沈滞ムードを陥り、さまざまな分野で構造変化が進み、人々に不平等感をもたらしていく。その状況を研究者たちは格差の社会問題として明らかにした。橘木俊詔著「日本の経済格差」はジニ係数に基づいて、80年代末以降の日本社会における不平等化の進行を明らかにし、佐藤俊樹著「不平等社会日本」はSSM調査を基に、同時代の職業の階層間移動が狭まってきている現象を指摘した。これは比較的自由に就職する機会があった成長社会に対して、停滞社会では階層を越えて職に就くことが困難になり、下流層ほどその可能性が縮小していった。この場合の階層とは職業階層として捉えている。

山田昌弘著「希望格差社会」のなかでは90年代以降の格差拡大が質的な変化していることを指摘した。この質的な変化こそ90年代以降日本の社会構造を変えていくさまざまな社会現象に結びついていく。たとえば、企業における雇用システムの転換など。時間を掛け職能を磨き、年功所列で賃金が上がるシステムは後退し、専門的能力の職種とマニュアル化できる職種と大きく2極分化、前者は正社員、後者は非正規雇用者に委ねる職業的区分が広がっていった。こうして生まれた社会格差現象を幾つかの調査データでみてみよう。

 よく指摘されるデータが「ジニ係数」である。「ジニ係数」は不平等さを客観的に分析・比較する際に用いられる代表的な指標の1つであるが、橘木俊詔著「日本の経済格差」はこのデータを主に分析したもの。「ジニ係数」には、完全な平等を「0」、完全な不平等を「1」となる指標である。その係数は雇用者や事業所が得る所得を2つの種類に分けて算出。1つは「当初所得」で、税や保障料など支払う前の所得、もう一つは「再分配所得」で、税、社会保険負担を控除し、公的年金や医療、介護、保育などの現物給付を加えたものをいう。

当初所得」のジニ係数は92年調査で0.439であったのが04年には0.526に上昇している。一方の「再分配所得」では92年には0.365に対して04年は0.387である。95年はやや減少するものの上昇気味になっている。(橋本健二著「格差の戦後史」P51参照。)なお、所得再分配ジニ係数については日本社会の不平等度が上昇している意見と上昇しているわけではない意見とが研究者の間にはある。

 NHK放送文化研究所が70年代以降5年毎に全国規模で実施している「日本人の意識」調査は、同一の質問事項を長期にわたり調べ、信頼度の高い資料となっている。この調査から見えてくるのは、未婚率の増加や子供を持つことの減少など、日本人の当たり前とされてきた感覚が大きく変化していることだ。これは少子高齢化問題に結びついていく大きな背景となっていることがよくわかる。(NHK出版「現代日本人の意識構造」〔第八版〕より)

 結婚感に関する意識についての項目では、「結婚するのは当たり前」と「必ずしも結婚しなくてもよい」の割合が、93年は前者45%と後者51%、10年後の03年では36%と59%、13年は33%と63%となり、「必ずしも結婚しなくてもよい」が20年間で12%上昇している。未婚率は95年男子9%女子5.1%に対し、10年後の05年では16%と7.3%、そして10年には20.1%と10.6%といった具合に男女とも倍増している。

 子どもについての意識では、結婚したら「子どもを持つのが当然」と「必ずしも持たなくてもよい」が、93年では40%対54%、03年は44%対50%、13年には39%対55%と「持たなくてもよい」が20年間で下がったり上がったりしているが、特に最近は上昇気味になっている。結婚観や家庭と子供に関しては、時代の影響を多分に受けるようで、この20年間で05年辺りから高齢化率世界最高となったり、出生率が死亡率を下回り、日本の人口では初めての自然減になり、06年には年少人口率(14歳以下の人口の割合)が世界最低を記録したりと、これから家庭生活を持つ若い人たち心理的影響を与える事象が起きている。

 格差を現す数値はさまざまあるが、上記「ジニ係数」や「被雇用者数の増加」あるいはNHKの「日本人の意識」調査に見られるような傾向が失われた20年間の“閉塞感”を生み出す社会的不安感が現れた数値と読める。世の中は栄枯盛衰といわれるが、こうして眺めてくると戦後の日本社会は、目標に向かって努力した高度成長時代、そして安定の時代へ移行するはずが、バブル崩壊を期に政治政策が戸惑い経済が停滞し、失われた10年が失われた20年となり、安定した時代=成熟社会を築くはずのつもりがその前に不安定社会、不平等社会が生まれていてしまった、そんな感じのする20年間であったのではないだろうか。(つづく)






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