【第117話】 デジタルラジオのかたち・私論 (その37)

 

 民放のラジオ事業が、情報革命の進行しているなかで、ラジオの新たな存在価値を見出すにはどのように考えていったらいいだろか。存在価値とは事業として成立し、メディアとして社会的に役割を果たすことである。この役割を果たすラジオの考え方を原点に戻り、もう一度激動する社会の変動と価値の変化について触れ、求められるメディア像、目指すラジオ像を探りながら、ラジオ事業の方向性を考えていきたい。

■ 東日本大震災で明確化したこれからの方向性と新たな価値
 昨年秋、民放連研究所は震災後半年後に被災地でメディア調査を発表した。そのデータによると、いずれの被災地でもラジオの接触状況が高く、役に立つ情報ツールの項目では仮設住宅調査43%、同時に調査したネット調査では66%にも上っている。マスメディアのなかでの信頼度はラジオが64%で最も高く、つづいてテレビ49%、新聞は43%となっている。また、安心感(心の平静を保つ)ことについて、ラジオは仮設住宅で33%、ネット調査では59%にも及んでいる。これは災害時におけるラジオの役割の大きさを示す数字だが、これは阪神淡路大震災の時の各種調査からも同様の結果が現れており、災害多発列島のわが国には、ラジオがなくてはならない存在であることを物語っている。

 だからといって民間放送事業としてのラジオが安泰であるかといえば、そう簡単ではない。企業広告費を資源としている以上、広告動向に大きく左右されるという難しさが伴う。この10年の民放ラジオの営業収益をみれば一目瞭然である。大切なのは日頃の事業が順調に推移してこそ非常時に大きな役割を果たすといっていい。では新しい時代を迎えている現在そしてこれからのラジオ事業をどのように取り組んでいけばよいのだろうか。この課題を考えるにあたり、激動している社会と大きく変わろうとしている価値を認識し、その変化に沿って、新たなラジオ事業の成立と役割を考えることが、遠回りのようで事業の本質を捉えるのではなかろうか。

 東日本大震災は、日本の歴史が大きな転換するなかで、深く静かにうごめいていたさまざまな現象が1つひとつ表面化させたような気がする。そのもっとも象徴的な出来事が福島のおける原発事故であったろう。放射能という外界に出ることが絶対に許されない事業体が破綻してしまったという事実。その絶対に外界に出ないという安全と安心が突き崩れてしまい、我々日本人に果てしない大きな不安と不信を抱かせてしまった。半世紀にわたる我が国の原子力推進への基本的な疑問、安全神話を作り上げ、その責任を取らない原子力企業やそれを取り巻く専門家たち、右往左往する政府、そして放射能という底の知れない恐怖、いつ身体に影響を及ぼすかしれない漠然とした不安、そうした止むことのない不安や疑問を持ち続けなければならなくなった私たち・・・。そこには豊かな生活を求めた時代には考えてもみなかった人間として“生きる”こと“生活する”こと“社会”について、さらに時代の背景にある“価値感”について、改めて考える環境が生まれているといえる。

 ラジオ事業という1つの業界から、リスナーという生活者の生き方や行動の変化を考えるとき、過去20年の流れが最も重要である。なぜなら、上述した生活環境と価値観が大きく変化している時代だからだ。バブル崩壊以降現在まで“失われた20年”といわれる時期に重なる。特に後半の10年、21世紀に入ってから劇的に変化している。ラジオ事業はこの大波に揉まれ続けている現状だ。この大きな流れを近代現代史的にみると、恐らく明治初頭の激動期、戦後でいえば昭和20年以降の激動期に匹敵するに違いない。あらゆる面で大きな変革が進んでいる。作家で著述家である堺屋太一氏は“第三の敗戦”と表現している。この流れを本来は大局的に分析することが大切と思うが、ここではリスナーが生活を営んでいる一般的な立場から把握することにしたい。そのために幾つかの現象を取り上げてみよう。

 テレビや新聞によく取り上げられる現象に「無縁社会」「孤独死」「格差社会」「就職難」「家庭崩壊」「虐待の連鎖」「少子高齢化」「フリーター」「ニート」「非正規雇用者」「ワーキングプア」など、社会生活の上で不安を抱かせる出来事は数えきれない。私たちが豊かな生活と思い込んでいた束の間、そこにはそこはかとない不安が忍び寄ってきている。こうした不安現象はいまさまざま分野で起こっている、これらの現象はいったいどこから現れてくるのだろうか。その大きな背景の1つは、高度経済成長という経済的に豊かな生活を求め続けた時代から低成長時代に変わったことであり、基本的な社会環境や個人の生活環境が変化したことであろう。その変化はゆとりを創り出す具体的な社会環境やシステムを構築せねばならないはずだったが、政治も経済も一般生活者もこのシフトの変更がうまく創り出せなかった。我々は世界に誇る経済成長を遂げ、国民の生活レベルも大きく上がったにも係らず、新しい価値観に基づいた社会の仕組みや政策が整えられなかった。そこにさまざまな負の遺産を抱え込むことになってのではなかろうか。

 その結果として上記の様々な社会現象が生まれる。高度成長時代は各企業とも経営の成長を高めるため、生産に生産を重ねて物が溢れる社会を作り出したが、バブル崩壊という必然ともいえるアクシデントによって急速に市場が縮小した。当然企業は縮小政策をとる。賃金カット、雇用カット、採用カットなど企業の縮小がどんどん進む。縮小時代は職場の椅子の取り合いとなり、取れない人は退社を迫られる。こうして老いも若きも就職難に直面することになった。ここに庶民の経済格差が生まれる。一億総中流といわれた時代からみるとあまりにも多くの分野で「格差社会」が生まれてしまった。この格差については、正規雇用者と非正規雇用者間をいうだけでなく、学校にも家庭にも地域間格差にも現れはじめ、広い分野にわたっている。これは「就職難」や「フリーター」「ニート」「非正規雇用者」などの言葉の背景と強く関連することばかりで、現在の我々の社会生活の断面をリアルに描き出している。

 「無縁社会」は独居老人ばかりではない。中年男女の無職の人、若者の引きこもりに代表されるつながりのない人たちは無縁社会の住人である。この人々と年間自殺者3万人という数字は密接に結びついている。彼らがそうした環境にならざるを得ない理由にはさまざまあろうが、その背景には、単身者の増加や高齢者の貧困、少子化現象、また家族、近所、職場などの人間関係、すなわち人との繋がりの希薄化といった環境がある。かつての我々は有縁社会であった。家庭では一家団欒があり、近所付き合いは当たり前、職場では社員旅行があり、野球大会・ボーリング大会などよく行われたものだ。こうした繋がりを現在は希薄になっていることこそ、無縁の生まれる大きな温床なのである。次回に続く。(了)