【第116話】デジタルラジオのかたち・私論 (その36)

■ ラジオのリスナー離れの原因は何か

 ラジオ事業にとって放送番組がリスナーに聴かれなくなることは、致命的な現象である。この1点がすべてに影響する。広告収入を経営資源としているラジオは、もしリスナーに支持されているメディアならば、広告収入の減少が10年も連続して続くはずはない。この「リスナー離れ」という現状を、当ブログ【第91話】NHKの全国聴取率調査からその傾向をみたが、ここではその原因を考えてみたい。

(1)1990年代に大きく変化する通信と安定したラジオ経営
 1989年バブル経済が崩壊して以降10年間は、「失われた10年」という言葉が使われて、主に経済停滞期間を表現したが、マスメディアによる情報提供の環境は大きくは変わらなかった。4大マスメディアというテレビ、新聞、雑誌、ラジオは健在で、国民全体に大きな影響力を持ち続けていた。ラジオの営業収益も民放全体で多少の浮き沈みはあるものの、横ばいの状態であった。おおよそ1992年を頂点に2900億円〜2700億円の間を推移している。これはラジオ経営者の努力といえるが、しかしその背景には、高度成長時代の経営の在り方をそのまま踏襲していた姿があった。リスナーに影響力を及ぼす番組開発の取り組みよりも、営業優先の経営体制であったが、その間情報伝達のツールや利用方法が大きく変わりはじめていたのである。携帯電話のアナログからデジタルへの変化、パソコンの普及などマスメディアからいえばインベーダーともいえる情報伝達ツールが登場した。ラジオ経営者はその結果がどのような姿になるか、予想することができなかったのである。

(2)90年代後半のインテーネット登場とラジオ経営
 1990年代の携帯電話は、まず本体に液晶ディスプレイが搭載され出す。そして1990年半ばにはアナログからデジタルへ変わり、ポケベルなどと連携してメッセージ送付可能となる一方インターネットへの接続も可能となった。そして2000年に入り第3世代が登場し、高速データ通信が可能となっていく。携帯電話から広い情報受発信できるケイタイ端末化へと変化した。一方パソコンは、1990年代に入り富士通やNECの一般向けPCが注目され、Windows95が登場して一気に普及していく。そこにメールの活用、インテーネットの普及が進み、単なる文書のまとめやメールの活用だけではなく、本格的に情報端末として情報の収集と発信が可能になる体制が整っていったのである。
 この情報ツールとラジオの情報ツールが2000年に入り明確な分岐点を示しはじめる。この10年間の通信の動きに対して、ラジオ経営は従来通りの姿勢を貫くが一方であった。しかし、その後、通信機器の爆発的普及やリスナーの情報接触方法を大きく変えていく時代となっていく。

(3)いま進行している情報革命に対し、後手に回ったラジオ経営
 さて、2000年代への突入、すなわち、新世紀初頭はケイタイやパソコンなどを通して提供されるインターネット情報は、一般生活者の情報収集方法に大きな変化をもたらしはじめる。それは情報の流れに基本的変化を生む結果となった、情報接触の仕方が従来の4大メディア中心からネットメディアへ移行しはじめて、メディアとの接触習慣が変わってしまったことである。その主役がケイタイであり、パソコンやPDAといわれるインターネット端末の多様化であった。ラジオはその変化に対応しきれなかったというのが現実ではないか。すなわち、2000年に入り、インターネットが一般ユーザーに急速に浸透する。その背景にはWeb2.0というユーザーが参加しやすい技術やサービスが登場し、ユーザーが情報を受信するばかりでなく発信できる立場になった。すなわち個人がメディアを持つ時代になったことは大きな変革の1つであろう。その変革にラジオは乗り遅れているといえないだろうか。 

 上記3つの視点は大雑把であるが、ラジオ経営の本質を突くものではないだろうか。この姿を別な見方をするならば、他業界ではよくあることだが、製品/商品には「ライフサイクル・マネジメント」という方法で説明すると、1つの製品は導入期、成長期、成熟期、衰退期に分けられ、成長期と成熟期が最も利益が得られ、それから衰退期を迎えていく。その間次の商品を生み出していくという対応を取る。ラジオは集団聴取から個人聴取になり、車載化し携帯化していく。そして次に多極化を迎える。この辺まではラジオの成熟期である。その後パソコンやケイタイが登場しインターネットが活用される1990年代後半から2000年時代に入り衰退期へと移行していく。ラジオ放送という商品はライフサイクルでいうとどん尻に立っていることになる。ここ10年間はリスナーの「ラジオ離れ」と「売上減少」という事業として2大支柱が年毎に弱まっているのにもかかわらず、次の時代の将来像が描けないでいる。

 ではなぜ、ラジオの将来像を描けないでいるのだろうか。それには業界の体質や独特な事業形態に原因があるといわねばならないが、なかでももっとも本質的な問題は、時代認識に欠けるということではなかろうか。世間の動きとラジオ業界の動きには大きな開きがあり、新たなマネジメントを生み出していく発想に欠けている。この10年間の変化は数十年に一度という大きな変化で、いわば、江戸時代から明治時代に変わったような変化に近い。そこには価値観の大転換がある。これからのラジオを考える場合、時代の大きな変化の意味を把握するところからスタートせねばならない。時代の変化は生活者の行動を変える。そこにはメディアに接触する方法が変わるのである。この価値感の変化を認識した上で、ラジオ自身が持つ特性に加えて新しい特性を見出し、新時代に機能する分野を開発するといった、新事業形態を創業していく辛くて険しい道程が控えている。次回からこの道標を考えていきたい。(了)