【第112話】デジタルラジオのかたち・私論 (その32)


     これからのラジオは“コミュニティ”に注目すべき、という論を展開しているが、
     この“コミュニティ”と“ネットメディア”そして“ラジオメディア”がどのように
     連携したら、次の時代のラジオの道が開けるか。新たな社会的文化的価値を生み
     出せるのか、ここがラジオメディアの視座といっていいだろう。


■ ジオメディアとネットメディアとの関係 

 ラジオメディアにとって“コミュニティ”という存在が重要な役割を果たすことを、詳しく触れてきたが、ラジオというメディアが社会に伝えるニュース、トピックス、さまざまな有益情報を軽んずるというのではない。ラジオ(地上基幹放送)がどんな時でも不特定多数に対し無料で重要な情報を伝えることは、これまでのラジオもこれからのラジオも放送としての使命であり、その報道機関である。その認識の上に立って、日頃からラジオとリスナーがより緊密な関係を創り上げ、その信頼関係を土台として社会的活動を実践し、新たな時代に即応していく、そこに“コミュニティ”の存在が欠かすことができないのである。ラジオが新たなかたちで社会的文化的価値を生み出し、社会から高い評価を受ける存在になることこそ存在価値が生まれ、経営資源が生まれるのである。そうした基盤を理解した上で、ラジオにおけるコミュニティ論を展開していることをご理解いただきたいのである。これからは、ラジオがサバイバルの道を、新たなかたちを生み出すために、どうしても避けて通れないのが“ネットメディア”と“コミュニティ”との連携である。この視点から多角的に考えてみたいと思う。

 インーネットは1995年あたりから一般的に普及し始め、2005年頃にWeb2.0が登場し様々な交流サイトが普及していった。現在はインーネット自体が日本の生活環境に欠かせない存在になっている。その必要不可欠な役割はさまざまなWebサイトからの情報受信や発信、メールによる速やかな情報と連絡であり、交流サイトによるコミュニティ活動である、といっていい。これらの情報受信と発信は、これまでの通信メディア、電話、郵便、FAXに取って代わり、すっかり生活に根ざしてしまっている。いわゆるインタラクティヴ=双方向なコミュニケーションである。ツールが変われば市場が変わるという。デジタル化といわれる情報基盤の交代は、単に市場を変えるのではなく、社会のパラダイムまで変えてしまう地殻変動が起きているのだ。オールドメディアであるラジオも、当然この嵐に吹き荒らされ根こそぎ引き抜かれようとしているのが現在の姿であろう。

 そうした時代背景の基に、インーネットの世界では、現在交流サイトというネットメディアが主流を占め、大きな力を持ち始めている。ご存知のようにmixiGREE、twitter、Facebook、映像ではYouTubeニコニコ動画、Ustraemなど、人と人が結びつけて交流を盛んにするWebサイトが多くの人に人気を集めている。人が繋がるとい意味では“コミュニティ”の形成であることには間違いないが、そうしたネットメディアがコミュニケーション・ツールとして中心的存在となり始めている。インーネットと距離をおいている世代には、どんな動きがあり、どんな影響をもたらしているのかは知る由もない。マスメディア事業者のなかでいえば、経営者と現場サイドの世代間ギャップに繋がっている。そこで、最近のネット上で話題となっている幾つかの事例を取り上げて、インーネットの交流サイトがメディアとして大きな影響力を持ち始めている事実を取り上げてみよう。


《大航空事故とネットメディア》
ハドソン川の軌跡」という飛行機事故はご存知であろう。2009年1月15日、ニューヨークのハドソン川に不時着したUSエアウェイズの飛行機事故である。この事故は、機長の的確な操縦で酷寒の水上にも関わらず、乗客乗員の全員が救出され、世界中に報道された大ニュースであるが、この時twitterに写真を投稿したのは救援フェリーに乗っていたジャック・クラムズ氏で、彼が水上に浮かぶ飛行機から乗客を救出する様子をiフォーンで撮影しtwitterに投稿した。瞬く間に全米、世界に広がり、テレビにも利用された。そして1時間後にはテレビの生中継に電話出演する、というスピードであった。この出来事はtwitterのメディアとしての新たな位置づけとして注目され、活用されるようになっていったのである。新たな位置づけとは、専門家ではない一般のtwitter利用者が、ミニブログとしてだけではなく、写真、動画、音声を使いリアルタイムで情報伝達が可能なり、社会的影響力を発揮し得る存在になったことである。東北大震災ではネットメディアでこんなことが活躍している。


《東北大震災とWebサイト》
 YouTubeにアップされて災害に関するおびただしい情報は世界の目を奪った。特に福島の原発に関する政府と東京電力による情報提供に不足を覚え、国民の不安を駆り立てた。業を煮やした専門家たちはネットを活用して情報提供を盛んに行った。そして高い注目を集めたことはマスメディアに頼らずに情報収集を行う一般市民のあり方を新しいかたちで示したといっていい。元マッキンゼー代表の大前研一氏もその一人だ。彼はYouTube上で原発事故の内容を、図解を使って丁寧に説明し注目された。彼は経営学や経済関係の分野の専門家として多くの著作を著しているが、原子工学専門家で日立時代原子露設計にも携わったことのある人だ。彼のYouTube上に動画をアップ、震災発生から2ヶ月で100万アクセスを記録したという。政府やマスメディアの発表が今回ほど信頼性を失い、疑問視されることはなかったのではないか。それだけに、こうしたネットによる専門家やジャーナリストの情報伝達が注目されたのだ。マスメディアという大きな影響力を持つ存在に対し、個人が様々な形で発信するネットメディアの影響力が、今度の大震災を通して徐々にクローズアップされ始めている。今回の大震災に直面したNHKの対応について少々触れてみたい。

 今回の大震災の情報伝達でNHKや民放にテレビでは、ネットを使った動画配信を積極的に配信し、日本中はおろか世界中に伝え大きな成果を上げた。なかでもNHKのネット対応は素早く、世界に向けてストリーミング放送を実施し、海外在住者や多くの国民に状況を伝えることとなった。あのNHKがどうしてこんなに早く対応ができたのか、不思議に思う人もあるだろう。その経緯はこんな出来事から始まったようだ。

 震災の3月11日、広島県に住む中学生がNHKテレビ放送を無断でウェブカメラを通じてUst上で配信してしまった。Ustはコメントのやり取りができる。当動画を見たりコメントした人が4万人に上ったという。NHKはネット対応を即座に検討し、発災6時間後、Ust公式アカウントを取り。公式に再送信する旨公表した。このネットとの連携は世界的に注目され、閲覧者数は100万を超えたという。NHKのネット対応の早さには、民放のどこの局もかなわないに違いない。NHKが短い時間でネット配信に至った経緯は、「検証 被害日本大震災 その時ソーシャルメディアは何を伝えたか?」(立入勝義著/ディスカバー携書)に詳しい。NHKのこの経過を見ると、公共放送というお堅いイメージの職場にも、非常に柔軟な発想ができる人材が豊富であることを感じさせる。その辺は民放テレビ局と比較にならないほどネット予算をかけ、積極的に取り組んでいる背景があるからだろうか。年間ネット予算は40億円ともいわれている。


 マスメディアとネットメディアは、今回の大震災の報道を通じて新たな連携の姿が見えてきたところもあるに違いない。ラジオメディアにとってのネットメディアを考えさせられる大震災であった。大前研一氏のYouTubeにしても、NHKのUstreamにしても映像配信であるが、ここで注目すべきは、ラジオの特色である「音声」がネット時代には欠点にも繋がっている現状を考えると、放送では「音声」を効果的に打ち出す一方、ネット上では「音声」「動画・静止画」「テキスト」を活用した新たな伝達方法が必要となってくることを暗示しているのではないか。こうした伝達方法とコミュニティとの連携、連帯あるラジオが次なる時代の方向性を示しているように感じられる。(了)