第101話】 デジタルラジオのかたち・私論 (その22)

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トピックス
    ◆◆ 民放連調査「災害時の情報収集はラジオ」を実証 ◆◆ 
 民放連研究所はこのほど首都圏における東日本大震災時のメディア利用行動調査を発災後12日に実施し、「地震発生から1時間の間の接触」では、テレビとラジオの高さを証明された。なかでも役立ったメディアでは、「非常に役立った」項目ではテレビ(44%)を抜いてラジオ(46% )がトップであった。テレビのなかでもワンセグ(33%)が注目され、その普及と利用の広がりを示している。この調査は東京都、神奈川県、埼玉県の15歳〜70歳男女1,265人が対象で、調査方法はインターネットを活用したもの。
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■  新たなパーソナリティ像の要素はどこにあるか!

 前回よりこれからのパーソナリティのあり方について触れている。現在、我々は平和のなかにもさまざまな社会問題を抱えながら生活している。たとえば、親の幼児虐待、学級崩壊、未婚者の増加、二―トやフリーターの増加、格差社会無縁社会の出現、高齢者の孤独死などなど、数えるに暇がない。こうした社会問題が存在する背景には、生活者の“絆”の希薄化があり、さらに生活者一人一人の心の悩みが横たわっている。社会問題化している多くの分野は、時代の潮流や社会システムによって作り出されたものであり、一朝一夕に解決はしない。だからといって放置するわけにもいかない。

社会問題である以上政府や行政当局はもちろんのこと、社会システムに参加しているすべての組織団体が取り組まないと解決には向かわない。ここはその方法論を解く場ではない。ラジオが生活者と密接な繋がりを持っているメディアだけに、組織や団体を通すまでもなく、直接生活者に訴えかけ、つながりを持つことができる。そうしたラジオがこれからどのように取り組みとして、社会に何ができるか、パーソナリティに何をすべきか、ということである。ここにラジオとパーソナリティの今後の課題が隠されているような気がする。

 今回の東日本大震災では、日本国民の大方が何らかの形で支援したい、という気持ちが、義援金キャンペーンに協力し、日赤十字社にはこれまでの最高額466億円(3月26日現在)を記録したのだろう。このほか、全国各地からボランティア協力者が集まり、さまざまな分野で力を発揮している。阪神淡路大震災を上回ることは確かであろう。戦後最大の震災と被害であるが、全国民がこれほど被災者に対し「思いやり」を現わしたことは特質に値しよう。一方、風評被害という被災者に対する「思いやりのなさ」が大きく現れていることも事実である。この2つの相反する事実をどのように受け止めたらよいか、戸惑いを覚える。

 神戸大学の稲場圭信准教授は〈「思いやり格差」社会からの脱却〉の論文のなかで、こう記していることに注目したい。「現代社会は、新自由主義や自己責任の方向に大きく舵が取られ、自分さえよければよいという利己主義の風潮が強い社会だ。事実、『社会意識に関する世論調査、1009年』(内閣府)でも、現在の世相を『自分本位である』とみる日本人の割合が45.8%に対して『思いやりがある』とみる人は11.2%である。自分の利益や保身だけに腐心している人がいる一方で、行き過ぎた利己主義や利益至上主義の社会のあり方に違和感を持ち、福祉ボランティアに熱心な人もいる。このように、日本は他者への思いやりを持つ人と持たない人に分断された〔思いやり格差社会〕に向かいつつある。」

 上述した現象は稲場准教授の指摘するように、おそらく日本人の美徳ともいえる「思いやり」精神が、この20年余追い求めてきた市場至上主義や競争社会から生まれた価値観により、大きく変化してきていることを物語っている。この変化を稲場准教授は「思いやり格差社会」といっているわけだ。この格差社会の背景が評価社会であるという。よい学校・よい大学への入学、一流企業への就職、組織内ではノルマ達成や同僚との競争など、絶えず評価される環境にある。ここで生まれてくるものは「孤独感」である。そして、こうした社会環境は人間関係を希薄にさせていく。この悪循環をどのように食い止めたらいいか。現在注目されている分野が「ソーシャル・キャピタル」である。これからのラジオとパーソナリティを考える時、この「ソーシャル・キャピタル」に注目する必要があるのではないだろうか。


■ これからのラジオとソーシャル・キャピタル 

 ラジオのパーソナリティは、多くのリスナーと個人的な信頼関係を創ることができる。家庭環境、学校環境、会社環境など社会生活のなかで、直接個人に訴えかけ信頼を得、交流が可能なのはラジオのパーソナリティではないか。それほど貴重なメディアであり、良好な人間関係=ソーシャル・キャピタルを促進できる立場にあるといえる。ここに、これからのパーソナリティの可能性が秘められているような気がしてならないのである。ここに突然「ソーシャル・キャピタル」という分野に触れたので、この分野がどのようなものなのかを少々触れておくことにしよう。

 ソーシャル・キャピタルは100年も前に遡るようだが、社会学では1970年頃から注目され、この10年はさまざまな分野から研究が活発になってきている。ソーシャル・キャピタルは、日本語で「社会関係資本」あるいは「人間関係資本」「社交資本」「市民社会資本」とも訳される。一般的には、アメリカの政治学者ロバート・パットナムの定義で「人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率を高めることのできる〈信頼〉〈規範〉〈ネットワーク〉といった社会的仕組みの特徴」であるというもの。地域社会において人と人が信頼し合い、約束事を守り、人と人の結びつきが強い地域は、人間関係が豊かで、市民同士のコミュニケーションの密度や行政のパートナーシップも活発で、豊かな社会が形成されるという考え方である。

 内閣府ソーシャル・キャピタルを指数化して調査した報告書がある(2002年度)。それによる都道府県によってソーシャル・キャピタルの差があることが分かった。島根県鳥取県、宮崎県、山梨県、長野県などは指数が高く、低いところは東京都、大阪府、愛知県、福岡県といった大都市圏に集中している。この調査では「失業率」「刑法犯認知件数」「平均寿命」などの関連で見たとき、「ソーシャル・キャピタルが豊かな地域ほど、失業率や犯罪率は低く、出生率は高く、平均寿命が長い」ということが分かったという。

 いま、日本の社会は本当に危機に瀕しているのではないか。その危機を乗り越える方法として人間の本来のあり方に立ち返り、新しい時代に我々が支え合える社会づくりこそ求められている。その意味で「ソーシャル・キャピタル」は社会変革の大きな役割を果たす考え方であり、人間性を取り戻し、優しい人間関係を復活すると同時に、地域社会を活性化させていく新たな日本の社会づくりではないだろうか。この考え方と活動に、これからのラジオとパーソナリティの役割がある。「ラジオ」と「ソーシャル・キャピタル」については、ラジオが新たな社会的役割を果たし、メディアとして生き続けるには考えていかねばならない分野であると思う。これについては別の機会に考えたい。(了)