【第88話】 デジタルラジオのかたち・私論 (その9)


(c)インーネットのテレビへの影響 (前回よりつづき)

インーネットによる日本のテレビの変化は、今後大きなうねりとなりそうである。アメリカでは一歩先んじて様々な現象が生まれている。そこで、アメリカの現状と変化の姿を取り上げた書籍を紹介する。アメリカ滞在の経験と多くの取材活動から、アメリカ人の生活を通してテレビの変化を伝えている「明日のテレビ」(志村一隆著/朝日新書2010年)は、アメリカのメディア・チャレンジの鼓動が伝わってきて実に面白い。

アメリカのメディア界を理解するのに象徴的な考え方があるという。それは「古くなった技術、メディアは捨てて、新しいメディアに乗り換えるのがアメリカ流」「テレビは1950年代に生まれたコンテンツ流通の一手段として捉えられています。商品の販売手段は、時代に合わせて変えていけばよいという考えです」という。アメリカのメディアの動向を把握するポイントかもしれない。この視点から志村氏のレポートを読むと実に掴みやすい。

2010年4月のNAB Show(全米のメディア関係者が集う大会)でのゴードン・スミス会長のスピーチは「ブロードキャスティングからブローダーキャスティングへ」という内容だったという。ブローダー、より広く伝えていく、という視点、そこにはネットメディアを活用して広く伝えていく戦略が必要だという意味である。2008年のNABのデビッド・リール前会長のスピーチ「もうすでに世の中は変わってしまった。我々放送局も変化に対応し、イノベーションを起こさなければならない」と指摘して「我々の後ろのドアは閉まった。しかし、我々にはもうひとつのドアが開いている」という講演で締めくくられたという。アメリカのテレビ業界の激動振りを現しているとともに、一方アメリカ人に根付いているフロンティア精神を彷彿とさせる。

 その実例として、アメリカテレビ大手4社の内3社(NBC、ABC、FOX)が出資してつくったインターネットの映像サイト「フールー」を紹介している。ユーチューブに対抗したテレビ局連合の公式無料チャンネル、すなわち、テレビ局連合がつくる映像プラットホームである。「フールー」はユーチューブに次いで人気あるサイトという。その秘密の1つとしてインーネット的機能が備わっていて、テレビ番組を切り採り可能な機能があるようだ。「共有(Share)、編集という機能を押すと、今見ている番組の小さな画面が映り、その下に時間目盛が表示されています。自分の友人と共有したい場面に、その目盛りを動かして、OKを押すと、その場面が友人に届くという仕組みです。好きなシーンだけをカットして、友人がちに教えることができるのです。」とレポートしている。このほか、テレビ局サイドや、メーカーサイド、また企業家によるさまざまな試みなどがレポートされていて、アメリカのテレビ界、インターネット界のダイナミックな動向が伺える。新しい情報が多いことも得るところ多い。

この書籍にある2つのことばが今のアメリカを象徴しているように思えるので、終わりに記しておきたい。その1つは、2010年3月ニューヨークで行われたカンファレンスで、CNNのジョン・クライン社長のスピーチ「ニュースの広まりは、いまや報道機関の番組よりもソーシャル・メディアを通じたクチコミのほうが早い。人々は、新聞社やテレビ局のニュースサイトに来ることなく、情報を知ってします。ソーシャル・メディアのスピードが我々のビジネスを脅かしている」と語っている。《ソーシャル・メディア》ということばが今アメリカでキーワードになっているようだ。

もう1つ、アメリカのIT系企業の人々がよく口にすることばがあるという。「このビジネスはインーネット以前か?」どうかという表現である。このことばの意味は、「インーネット以前に築かれたビジネスモデルはインーネットの出現した現代では通用しない」ということらしい。テレビでいえば、テレビに視聴者がついてきた時代は終わり、テレビが視聴者を追いかける時代になってきているという意味だ。これは新聞、雑誌、ラジオにとっても同じである。送り手と受け手の関係に構造変化が起きているを物語っている。

 この項の締めくくりとして、アメリカで注目されているラジオについて紹介しておこう。今、アメリカではインーネットラジオ「パンドラ」が人気を呼んでいるという。3200万人のユーザーがいる。このラジオはストリーミングラジオで、これまでのラジオと違っているのは、サイトにある今の曲が好きか嫌いかのボタンをクリックするだけで、楽曲がどんどん自分の好きなものに変わっていく仕組みらしい。これは楽曲のデータベースに認識技術を応用したもので、アマゾンのこの本を買う人はこの本も買っています、というあの紹介に近いものと受け止めていいであろう。この分析を基に楽曲を利用者に配信している。〈パンドラ〉はiphoneで聴けるようになってから爆発的に増加したようだ。日本では著作権が問題になるため利用することはできない。ラジオのあり方もこのように変化してきていることに注目しておきたい。(注:括弧内の文は「明日のテレビ」より引用)(つづく)