【第83話】 デジタルラジオのかたち:私論 (その4)


■ メディアの進化による伝達の変容
 デジタルラジオを考えるのに、これまでのラジオ論の延長から探っていくのではなく、デジタル化された情報社会のなかで眺めることが必要と思う。その意味で前回は情報の伝達システムからその変化に触れてみた。今回は情報の送り手から受け手に伝えられる形、コミュニケーションの伝達変化に視点を当てて考えてみたい。

 ブログを読まれている方は、朝起きるとテレビないしパソコンのスイッチを入れてその日の最初の情報を得るだろう。外出準備中にニュースや情報、メールなどをチェックし、急いで出掛ける。いまや、新聞やラジオに接する人は少なくなっている。そして、電車の中やちょっとした隙間時間にケイタイで情報を得たり、連絡を取り合ったり、最近はワンセグがケイタイに備わっているので、TVやビデオを見て情報を得る人が多くなっていると思う。10年か15年ほど前の朝時間は、ほとんどの人がTVやラジオそして新聞から世の動きを知り、出勤途中は経済新聞、スポーツ新聞や好みの雑誌から情報を得ることが多かった。アナログ時代とデジタル時代の情報収集の接し方の違いである。この情報取得はアナログからデジタルへ移ることによって、コミュニケーションの伝達に大きな変化が生まれてくる。情報の送り手と受け手の間に、これまでにない変化が進行しているのである。

 情報(コンテンツ)は送り手→メディア(媒体)→受け手→効果影響という形で伝達されていく。この情報の伝わり方に大きな役割を果たすのがメディア(媒体)である。メディアは大きく3つのタイプに変化してきていると、坪田知己氏(日経メディアラボ所長)が著書「2030年メディアのかたち」のなかで分かりやすく解説している。3つのタイプとは「一対多」の形態、「多対多」の形態、「多対一」の形態、である。

(a)「一対多」の形態
 アルビン・トフラー著「第三の波」の、第二の波「産業革命」による変化の一つとして、オーケストラの演奏方法を取り上げていることを思い出す。音楽が好きだっただけに強い印象がある。大勢の観客に聴かせるには大きな音が必要であり、ホールも大きくなければならない。オーケストラはこうして大編成になり、大ホールが生み出されていったという。これに象徴されるように、昭和40年(1970年)以前生まれの人は、大方そうであろうと思うが、4つのマスコミである新聞・雑誌・テレビ・ラジオの記事や番組から情報や娯楽を得て育ってきた人たちだ。1つのメディアが多くの人に伝達する仕組みである。「1対多」とはそういう意味であり、マスメディアの全盛時代でメディアが社会的責任を背負い、また世論形成に影響録を持った伝達システムであった。もちろんいまでもその形態は存在する。

(b)「多対多」の伝達
 これはパソコンの登場で可能となった情報の伝達方法で、1995年以降パソコンが一般的に普及し、2000年に入りWeb2.0が登場して、より広い利用方法やサービスが生まれた。検索システム、SNS、ブログ、ツイッターなど、パソコン同士、ケイタイ同士がネットワークで結び、情報交換する方法で、ネットユーザーが情報の発信者であり受信者となる。多くの人が発信し多くの人が受信する「多対多」となる。これは正しく現在のネット利用者の姿であるが、この情報の仲介役にプラットホームというシステムが存在し、大きな力を持ち始めている。4大メディアもこの「多対多」の伝達システムに飲み込まれていく形勢である。

(c)「多対一」の伝達
 どれほど先になるかは分からないが、近い将来、必ず登場してくる伝達システムが「ユビキタス・コンピューティング」である。「生活環境のあらゆる場所に情報通信環境が埋め込まれ、利用者がそれを意識せずに利用できる技術」をいう。いってみればどこにも埋め込まれているコンピューターがコンピューターと情報交換し、個人が効率的に、能動的に行動できるような環境、出勤に例えると家を出れば自動的に家屋の鍵がかかり、駅の改札口ではその人を自動認識し、会社へ行けば顔をカメラが認識してその日の行動スケジュールを教えてくれる。1つ1つの異なった行為や行動をコンピューターが認識して情報提供してくれる。この環境を坪田知己氏は「コックピット化」といっている。なるほどジェット機の操縦席にある計器類をイメージしている。個人に必要なあらゆる情報が居ながらにして得られ発信できる環境、これを「多対一」と表現したのである。

 さて、ラジオというメディアを考える時、これまでマスメディアの一角を担っていたラジオの伝達システム、これはテレビ、新聞、雑誌も同様であるが、垂直統合という伝達システムが崩れ始めていること(前回記述)、そして今回上述のようにこれまでの情報伝達の仕組みである「一対多」というマスメディアの本領が崩れはじめている状況がある。これをどのように受け止め、どのように打開策を打ちさしていくのか、ここにデジタルラジオのあり方考えていくヒントがあるかもしれない。(つづく)